買った帽子を悩んだ末に返品しに行った:障害者差別を受けた


みなさん、こんににちは。

写真は吉祥寺でティータイムです。

手は私です。



実は、このお話自体を書こうかどうしようか

ものすごく悩んだのですが、誰かひとりに

手紙やメールを書いて、その方に負担を掛けるより

書いてスッキリさせた方がいいだろうと思いました。


同時に現在私がどの様な状態であるか、ということも

よく分かります。


私は、一昨日所用があり吉祥寺へ家族と行きました。

私は基本的にひとりでの外出は危なくて出来ません。

急な体調の変化やその他、予期せぬ事件などに

ひとりで対応が出来るかどうかも難しい。


なので、決まった病院への通院と隣近所のスーパー等へ

ちょこっと行く以外は家の中でおとなしく過ごしています。

そもそも外に出られないから出ない、という訳ではないので

ご心配は要りません。

家の周りをぐるぐる歩くとか、全然OKです。

問題は身体ではなく、脳みそとかその他。


所用のついでに吉祥寺の町を歩いていると

日除けに探していた理想の形の帽子を見つけました。

つばが長く、帽子全体の形自体を
自由に変えられる様に作られているのです。

とても秀逸な帽子で、特許?も取っているみたいでした。

すごく感激しました。


展示会の様な形で出店されていました。

その秀逸な帽子はたくさんのカラーがありました。


私は頭の中で、帽子が必要な時の「私の服」を

映し出し、それらに似合うカラーを1つ1つ

記憶を頼りに選んでいました。


結局購入したのは、赤とオレンジの間の様な色1つ、

そして、からし色に近い黄色1つ。

計2つ。


この帽子は何もかもが理想で、私は嬉しくて

仕方ありませんでした。

一生大事に使おう!宝物だ!

とまで家で言ったほどでした。


でも、帰宅後一夜明けて、悩みに悩んだ末に

その帽子を売っていたデザイナーさんから頂いた

名刺を見ながら電話をし、返品したい旨を伝えました。


返品の理由は、お二人の販売員さんの対応に

ひどく心が傷付いていたからです。


私は、気に入った秀逸日除け帽子以外にも

そこにあるすべての帽子をゆっくりと見るつもりで

いました。

そして、自分の中で「私の服」に必要だと思う帽子は

全部買うつもりでいました。


でもそれが出来なかったのです。


私が何の目的で「何のために」帽子を選んでいるのか

店員さんは知るわけもありません。

日除け帽子を探していた、ということは言ったので

私の顔には「こっちの色が合う」と言われたのは

覚えています。

「そう?ありがとう!」

と、私は笑顔で答えたのですが、心の中では


「私に似合う物じゃなくて、

私の好きな物を買わせてくれ!」


また私は私のワードロープに照らし合わせて

選んでいたので、これは店員さんには選びようの

ない分からないことです。


でも、通常どこのファッション店に行っても

まずこう聞かれます。


「今日はどの様なものをお探しですか?」

そしてその目的や用途などを聞かれませんか?


そして親身になってその状況を出来る限り

私に近くなって店員さんは想像しながら

さながら疑似体験にも近い優れた高い能力で

真剣に考えてみてくれたりする店員さんも

少なくない筈。


逆に、何を何故探しているか、用途などを

聞かずして「これがいいですよ。」

とは言えないし、言って来た人は私は今回

初めて会ったのです。


私は内心、少し困惑をしていたのですが

ひとりで我が道を行き、帽子を選んでいました。

でも、おひとりが結構つきっきりで色々と

アドバイスを下さるので。

つばの折り方とかetc...


そして私が、秀逸帽子の向こう側にある帽子を

指さし、「あちらの帽子はどんな帽子?」と聞くと

ひっくり返るようなビックリする返答がありました。


「あちらの帽子は絹で出来ていて

またご興味がある様なことがあればその時に

ゆっくり見て行って下さい。」


え?私、興味があるから聞いているんじゃないの?

普通、「お取りしましょうか?」

「どうぞご覧になって下さい、こちらは、、」

じゃないの?


いつか興味が沸いた時にはまた見に来い?

だって、ここ臨時出店であなたたちお店持って

いないじゃないの。

何言ってんの?


もちろん私がその帽子のところに行って

好きなように見るのは自由ですが

こんなことを言われてしまうと

さすがに無理です。


この店員さん達は、きっぱり、頭がおかしいのか

無礼なのか、とどちらかだと真剣に思いました。


たとえ、悪気がなくどんな理由があったとしても

商売出来ないのなら売りに来るな。

プロやめろ、でしょうか。

素晴らしいデザイナーかもしれません。

でも職業人としてプロではありません。


お帽子はべらぼうに高くはないですが

ちょっと気軽に、というお値段ではないと思う。


ああ、私が汚い恰好をしているから

うちはお客を選ぶのよ、っていうことだったのかなぁ、、、

とか布団の中で考えてみたりしました。

早く帰って欲しかったのかなぁ。


結局買った2つも、他の色を選ぼうとしていたら

「とりあえずこの2つで十分ですよ

またいつでも買えるし」

とか言われたのです。

いつでも買えないのに。
なんで私の買い物、好きなように買えないの?

私がNYから来ていたらどうするの?



これは極端な話ではなく、お客様ってそういうもので

ましてや吉祥寺の様な大きな有名な町となると

本当に色々な遠方から人は来ているのです。


そして買い物の基本は手に取って触って試着してです。

そもそもうちから吉祥寺は近いとは言えない。


私は「とても変わった店員さん達」の対応に

ここで時間を費やしたくないので、常にスルーし

そしてここを早く去るべきだ、その方がいい、と

思いました。


取り合えず選んだ2つだけ買って。


そして、夜布団の中でも、翌日起きてからでもずっと

このことで考えていました。


まず、ここで今、これを読んで下さっているあなたには

分からない現状が1つあります。


私は、ここに書かれた文章の様に

「喋ることが出来ない」のです。


私にはスラスラ喋ることの出来る内容と

出来ない内容が脳みその欠陥上あるのです。


例えば声楽に関する医学的なお話、などは

スラスラお話することが出来ます。

しかし、「あの映画どうだった?」と聞かれると

語彙がつまってしまうどころか

私の心や、感性の問題なので、言葉が出て来ない

のです。頭の中は真っ白で、言語がない状態なのです。

なので、喋るのに大変苦労をし、非常にたどたどしく

誰が見ても外国人か、何か障害のある人のどちらか

です。

多くの場合、「何かおかしい、障害があるんだ」

「この人、なんだか変」

てな感じに取られるみたいです。



これはみなさんが言語のない状態に頭がなることは

ないので想像がつきずらいと思うのですが

つまり、私の頭の中では、言語がある状態と

ない状態が常に存在するわけです。


何か専門的な私の知識を話している分には、

割とスムースに話せてこのひどい言語障害が

出ることはありません。


しかし、日常の中で専門知識をずっと話していること

などありえなく、ほとんどは「感じたこと」の話です。

人はとても抽象的な思考の中で実は生きているのです。

科学や事実は遠いところで、現実とは出来上がって

いるのだと、脳みそパーになってからほんとぉ~~っつに

実感をしました。


さて、長くなりますが、なので、私は帽子店に入った時

から微妙に「話すのが変」か「変わってる」人なのです。


言語として頭に出てくる、抽象的なことを話さなくては

いけないわけですから、皆さんより数が少ない。

この数少ない言葉を発するので、主語が飛んでいたり

時制が見えなかったり、なんであれ

「普通と違う」と思うのは仕方のないことです。


これらを踏まえて、色々と考え悩んだわけです。


たぶん、そうてい数十個買う予定だった筈の

帽子が2つしか買えない。

それも「とりあえずこれで十分では」と

そもそもこちらの事情を一切聞いて来ない

知りもしない人から言われた。

とか。


障害者か頭の何かおかしい人ってことで

手荒にあしらわれたのかな、、とか。


身なりがボロいので、

うちのお帽子にはあなたはふさわしくなくてよ

とジャッジされたのかなぁ、、、


とか。


またこういったことは必ず

「そんなことは言っていない」

と言った方の記憶が指摘をした時点で

変わっているものです。


ここもどうしようかな。。。


そして私はついに翌日の夜に、お名刺を頂いて

いたデザイナーさんにお電話をするのでした。

「不快な思いをそちらの対応でしてしまった。

今になって申し訳ないが、帽子を返品したい。」

と、言えるだろうかとドキドキしながら。


先方のことも気遣いながら、帽子のことも褒めつつ

どうしても不快な思いが取れないので返品したい

旨を伝え、「はい、分かりました。」だけした。


手続き上、パルコに出店をしていたので、パルコ側に

どの様な手順を取ったらいいのか聞いて

明日またお電話するとのこと。


この時も、お詫びも、一体どの様な理由で、

どの様なこちらの対応で、、、などということは

一切聞いて来ることはありませんでした。

ん~・・・・不思議だぁ。


そして、以上を全部ひとりで終えてから

家族に「びっくりしないでね」と言って

経緯を全部話したのでした。


家族も考えたことは同じ。

「ちょっとこの人、変」かなぁ、、、

でも、見たい帽子を「興味が持ったらまた見に来い」

も理解不能。

なんで見せてくれなかったのかなぁ、、、、

どうとっても良くは考えてあげられないよね。と。


仮に販売が慣れおらず、気も回らなかった

だとしよう。すべてに悪意もなく誠意しかない。

ということもあり得るだろう。


ならば、素人なので、プロを語り商売をするのは

もうやめれくれだな。


と、一家満場一致。


プロだってミスはする。

たまに滑るし、ずっこける。

ただ、歌わなくちゃいけない歌は間違えない。

「ちょうちょ」を歌うところを「北の宿から」

とは間違えない。


彼女たちは「北の宿から」を歌ってしまったのだ。

なので、理解に苦しむのである。


ただ、世界中のいたるお店で

あからさまな差別接客があるのは事実だ。

私は差別に値する人だったのかなぁ、、とか

まあ、家族も理由は何であれ、同感してくれました。


そして

「ひとりでよく頑張ったね。」

と頭を撫でてくれました。

はい。頑張りました。

そのまま、泣き崩れました。


そして翌日のお昼ごろに返品の手順の電話が

掛かって来ました。

私は電話に出ないで、家族が出ました。

先方は、私が話しているのだと思っていたかも。

でも、話し方が違く、スラスラ話すので

違う人だって分かったかなぁ?

なんであれ、たぶんそんなことは向こうにとって

どうでもいい。


この電話の時にやっと「返品の理由は?」と

いうのを聞かれ、
「上から目線の様な対応が

不快だった。見たい帽子も、あちらは高いものだから

と言われた」など、私が伝えたことがちょっと形が

変わっていたけれども、そう話しているのを聞いていました。

先方は

「言いずらいことを言わせてしまい申し訳ない。」

など、何度か話の度に謝っていました。


私は外出が難しいので、返品については郵送が
ベストだったのですがカードの返金処理が
その使ったカードがないと

出来ないそうで、こちらに来られないか、とのこと。


それらも想定を前日からしていたので、

また一家揃って吉祥寺へ睡眠不足で行く用意は

すでに出来ていました。


家族同伴で良かったと思います。

ひとりなら大暴れしていたかもしれません。

本当。


返品に行った時には、謝っていたけど

「この度は不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」

と。

でも、どんな言動やどんな対応を自分たちがしたのか

彼女たちは今も知りません。

たぶん、帽子を見せてくれなかったことなどは

記憶にもないんだろなぁ、、と思います。


こんなこと言った、した、と事細かに言っても

仕方ない。


私は

「ここにある全部のお帽子、
ひとつひとつ丁寧に見てもっと買いたかった」


と言いました。


「とても残念です。本当に」と

溜息と苦しさいっぱいで言いました。

これ以上は話すのはやめました。


返答は特になく、私の言葉に聞き入っていたのは

確かです。


悪意は感じられませんでした。

どう返答していいのか分からないのです。

彼女たちは著しく「足らない」のは確かです。

本当に、ここが本当に残念でなりません。

思いやりは、いつも私は言うのですが

「言葉と行動」に出さない限り、ないのと同じです。

「思っているだけ」では誰にも分かりません。


心に思っていた気持ちを言葉に出せばいいのに。

「どんなに傷つけたのでしょう。申し訳ないです。

こんな形になってしまって、ごめんなさい。」

とか、思っていた筈、と思いたい。


でも次元の違うところで生きているので、
もうここで怒っても仕方ない。

それで許してくれる通用するお客様とだけ付き合えば

いいでしょう。


車中、家族と「プロ」について話していた。

普段家族は私の仕事については一切何も言わず

話し合うこともないのですが、

時折、コンサートスタッフを務めてくれます。


「プロって大変でしょう。」(私のこと)


「うんうん。」


「たった1日、ほんの数時間歌ってガッポリ稼いでよー

なんて世間では言われていて、私なんかすんごい楽

してるとしか思われてないよねー

でもあの集中力。お客様と別れるまで

一瞬たりとも落ちないあれ」


「うんうん」(見てる見てる、分かってる)


「プロって簡単になれないよねー」


「うんうん」(できない、できない)


家族が分かっていてくれているのが嬉しかった。涙


デザイナーも表現者のひとりである。

プロというのは、人生のすべてをそのたった1つの作品で

表現するのであーる。

作品を通じて、自分の人生のすべてを語っているので

あーる。

出来ないのであれば、プロと語ってはいけない。


どんなプロがいてもいい。

人間は皆不完全で、間違いもする。

ただ自分の専門下で何をすべきか何をするのか。

まだ知らないのにプロを名乗ったらいけないのだ。

お客様に迷惑が掛かる一方だ。

誰もプロと認めてもくれない。


何でもいい。

お客泣かせて金返せ、と言われたらアカンのだよ。


すごくすごく悩んだのだけど、返せてモヤモヤが全部消えた。

返せて良かった。

万が一、返品は受け付けない、と言われても

お金(返金)要らないから、と言って商品を返すつもりでいた。

嫌味じゃないのだ。

素晴らしい帽子なのだ。

多くの人が買えるように、欲しい人が買えるように

返したかったのだ。

本心なのです。

また、そう直接言うつもりでいました。



またこんな気持ちのまま、原因となっている物を

持ち続けたら、不幸になってしまうからだ。

「不安の原因から遠ざかる」は健康維持に必須

なのであーる。

私の様に、生きるか死ぬかだと答えも長く悩まず
サッサと出るのは良かったことだと思っています。

一秒でも長く家族と一緒に生きていたい。



さて、もうすっかり涙も止まっていて

引きずっている気持ちもないです。


こんなお客に会ってしまって、先方も可哀想かも

しれません。

でも、お客様には色々な方がいるのをしっかり理解し

本当に誰にでもへだたりなく同じ様に接して欲しい。

緊張やどうしていいのか分からない、という不慣れから

不適切な言動や対応になったと思われますが

お客様は、本当に色々な方がいらっしゃって

私の様に自由に外出が出来ずに

今日のこの1日だけをどんなに楽しみに

外に出たことか、なんて人もドラマじゃなくても

いるのです。


接するすべてのお客様が、こんな驚くような

ドラマの中に点在しているのです。


プロに必要なのは表現力じゃない。

感じる力だ。


以上、週に3回もお外に出たので

ヘロヘロになっているジョセ子でした。

今日はちょっと寝て過ごします~

音楽でも聴こうかな~(普段まったく聴かない)

素敵な1日を過ごしてね!
たくさんのことを今日も感じましょう!





















Joséphine Nidy's Official Site

世界でただ一人のオルゴールルネッサンスシンガー。その歌声は’永遠のボーイソプラノ’。スリークッションビリヤードの愛好家でもあり’歌うハスラー’として世界中のビリヤードシーンでも活躍をしている。

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