くもまっか日記29:今度は女将さんが泣いてしまいました

副題「どうしても諦められないもの」


先週まで熱海の母のヴィラにいました。毎年11月の1週間ほど家族で過ごします。今年は初めて母と私のふたりきりになってしまいました。また毎年来る母の同級生のおばさま達も日程を間違えて来ませんでした。どこにも出ずに家の中で8日間ずっとゴロゴロしていました。たまにお豆腐を買いに出たりする程度でした。

毎日の日の出の様子をビデオに録り、プライベートフェイスブックにアップしていました。



来た途端にあることに気が付きます。視界のぶつかる先が違うのでドライアイが緩和されるのです。東京に居ると、視界1.5m先は壁です。でもここでは水平線までぶつかりません。私は本当にひどいドライアイなのですが、日毎緩和されてしまい、しまいには起こらなくなってしまいました。携帯やPCはいつも通りにしていてもです。環境って本当に病人には大事ですね。


さて、毎年の熱海デーに小田原、箱根板橋駅前にある割烹「和佳」のマスターと女将さんが定休日の(水)に昼間から遊びに来ます。この一年に一度のホームパーティーをとてもとても楽しみにしています。この「和佳」さんは東京の地元にあったお店で、偶然にもこちらでもご縁あってご近所になりお付き合いが続いています。


昨年は私のくも膜下、一昨年はマスターの高熱と3年振りにやっとホームパーティーをすることが出来ました。いつも飾らず、お互いの家の残り物持ち寄りパーティーです。



昨年、母が女将さんに電話で「お店で少しでいいので歌わせ頂けないですか?」と頼んだのですが、「家は生演奏をする様なお店じゃないし、、」ということでポシャリました。なので今年やっと会えたのですから、まあ、まずは聴いてからですよね。


母に「来たら歌ってあげていい?」と聴くと「ああ、何曲でも歌ってあげなさい~」と言うので用意をして待っていました。お昼過ぎには到着をし、みんなで乾杯~~。そして「では1曲歌っていいですか?」と聞くと「歌うのだダメだけど聴くのが大好きなんだよ~歌って!」と、とても喜んで下さいました。そしていつも何度時でも一番最初に歌うサリーガーデンという曲を歌いました。



すると、マスターも女将さんもとてもビックリして、マスターは母にすんごい勢いで怒り始めました。笑。

「なんで娘さんが歌手だって今まで黙っていたんだ!こんなに付き合いが長いのに!!」とかなり真剣に怒ってた。笑


しばらくまだ歓談をし、「ではもう1曲」と日本語で「大きな古時計」を歌いました。女将さんも時折一緒に歌い、歌い終わって席にまたも戻ると「この子はったく、ほんとに、、ぅぅ、、」と泣いてしまったのです!あーービックリ!でも笑顔で泣いていました。


その後、マスターと女将さんの壮大な私の大演奏会計画の話で持ち切りになり、お二人のお店のファンの方は日本中に色んな方がいらっしゃり、遠方から皆さんお見えになるのです。みんなに聴かせてあげたい、あーだこーだ、こうしたらいい、あの人に紹介したらいい、いやこの人だ、と延々と話は尽きませんでした。


「本当に天使の歌声とはこのこと。いや、あんたの歌声は何だろう、、ほんと泣かずにいられないよ、、あんたはetc,,,」と、私この年になって、なんと頭をいい子いい子なでられるのです。実は他の方からもそうなのです。母の同級生のおばさま方からも。一体私はいくちゅぅ?てな感じです。


クリスマス頃にお店で歌って欲しかったみたいなのですが、まだフルコンサートは無理があり出来ません。また場所は小田原。ひとりで来て帰るのはかなり厳しいものがあります。でもいつまでも出来ない理由を付けて延していたら、永遠に出来ないままですね。これが今の私の一番の課題です。


高次脳機能障害が重く、まったく上手に生活に組み込んで生活が出来ないのです。3曲くらいなら歌えるのです。ならばいっそのこと「3曲歌手」でどうにか活動出来ないか考えているところです。進むところに道は必ず開かれますますよね。


今回、まさかあの「寅さん劇場」に地で出て来る様な女将さんが泣き、マスターが母に怒るとは思ってもみませんでした。

「これはすごい。あんたの歌声はなんとかしなくちゃetc,,」とお二人揃って言って下さいました。本当に嬉しいです。やはり一度も発声練習の出来ていないまま一年間。それでも歌うのはやはり天命の様です。他に何も出来ないし。本当に他は何も。


ここには文字にしたためられない葛藤があるのですが、そんな時、こんな記事を読みました。概念がひっくり返りました。私は「どうしたら出来るのだろう」「出来る範囲でやればいいんだ」と考えていました。


ところが、このギランバレー症候群になって手足が動かなくなって行ってしまった若き女性。こうなっても「どうしても諦められないもの」それは漫画を描くことだったそうです。目が覚める思いでした。もう歌は止めてしまおうかと考えていました。他に好きなこともいっぱいあるし、料理や洋裁をして隠居生活を送ろうと思っていました。母もそれを勧めていました。でも、私にも何が何でもどうなっても諦めきれない最後のものは「歌」です。お恥ずかしながらこの記事が思い出させてくれました。


生まれてから物心ついた時から365日24時間、歌のことしか考えていません。これは珍しいことではなく、ギターリストもピアニストも絵描きさんも皆同じですよね。24時間全部の時間、私達、自分たちのアートのことを考えているのです。寝るときも夢の中でも。目覚めたそのすぐ瞬間にも。一般の方から聞いたら想像も付かず、嘘に聞こえるかもしれませんね。でも至ってこれで私達の中で「普通」です。


そうだった。今だって、昨日だって、一昨日だっていつだって歌のことしか考えていません。歌えなくても。死に際に何がしたいか?死に際まで普通に舞台で歌っていられたらいいな。ずっと音楽しているまま死ねたらいいな。どんな小さな活動でも何でもいいのです。歌えなくたって、歌は「諦めきれない」唯一です。


次のブログには活動について計画や気持ちを綴りたいと思います。ブログも滅多に更新出来ませんが、リハビリに励んでいる毎日です。週3のペースでリハビリ中です。もう丸1年経ちました。





Joséphine Nidy's Official Site

世界でただ一人のオルゴールルネッサンスシンガー。その歌声は’永遠のボーイソプラノ’。スリークッションビリヤードの愛好家でもあり’歌うハスラー’として世界中のビリヤードシーンでも活躍をしている。

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